naoの日記 〜 京都より 〜
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砂糖入り麦茶

もう夏もおわりますね。
今年の夏は麦茶を沢山作りました。
それだけ子どもが大きくなったんだなあとしみじみと思います。

でも、これから運動会。
まだまだ麦茶が必要です。

子どもの頃は、学校の水道の水をごくごく飲んでいたので水筒なんて持っていきませんでしたが、今は事情が違うようです。それとも前橋と京都の地域の差なのかな?
前橋の水は地下水で美味しいと子どもながらに地域の誇りと感じていたなあ。
小学校では、体育館前の水道から出る水が一番おいしいなんて噂もありました。確かに体育館前の水道の水は冷たくておいしかったのですが、何ででしょう?1階なので水道管から近くてぬるくなりにくかったのでしょうか?

今は当たり前のポカリスエットも、初めて飲んだ時は衝撃的でした。
ジュースにしてはえらく薄いと感じたのです。

今年の夏休みに少年野球チームのお母さんたちと大塚製薬の熱中症対策講座というのを聞きました。
ポカリスエットはイオンバランスが良いので、スポーツで失われた汗の水分を素早く体に吸収出来て良いのですよ〜。絶対に薄めないでくださいね〜。という話でした。

講座を聞いた後のお母さん同士でこんな事が話題になりました。
「要は塩と砂糖が入っているのが良いという事だよね〜。」
「じゃあ、子どもの頃麦茶に塩を入れてたのは正解だね〜。」
「え?塩?砂糖じゃなくて?」
などなど。。

どうやらこの辺では、昔は麦茶に塩を入れるのが一般的だったみたいです。
私が子どもの頃は良く甘い麦茶を飲みました。
夫も子どもの頃は甘い麦茶を飲んでいたと言います。

今日は子どもが甘い麦茶を飲んでみたいと言うので麦茶に砂糖を入れて作ってみました。
反応はイマイチです。
私にとっては「ああ、こんな味だった。」と懐かしい感じがします。

塩が入った麦茶にはまだ挑戦出来ていません。
美味しいのかなあ?

おもいでのアルバム
しゅんは卒園を控え、家でも卒園式で歌う歌を口ずさんでいます。

おもいでのアルバム

小さい頃、歌いましたね。
こんな歌を歌ったって事も忘れていましたが、
聞いたらすぐに思い出す、懐かしい、
忘れらない歌の一つです。

幼稚園くらいの時の記憶は結構鮮明に残っていて、
誰々はいじわるだったとか、誰々がみんなにカッコイイって言われていたとか、女の子だったら誰々ちゃんがモテてたとか、しっかり覚えています。

今、何気なく過ごしている毎日が将来は彼らの思い出になるわけです。
出来るだけ幸せな時間を過ごし、幸せな思い出を残せたらと思います。

それでもお友達とケンカをしたり、お母さんや先生に怒られたりしなくては大きくもなれません。
そしてそういう経験は幸せな思い出以上に鮮明に記憶に残り、何度も反芻し、あの時どうして自分はあんな事をしてしまったのだろう?と後悔したり、また、あの時のことは今考えても悪かったのは自分ではなかったと理不尽に思ったりもします。
しかし、思い出すとそういう経験が結構面白かったりもするのです。
だいたい人に話すときにはそういう話の方がネタになりやすく、ウケます。

だから、多少先生に注意されたり親の手を焼かせたりという性格も良いのでしょう。

先日、しゅんとけいが兄弟げんかをしているのを見て、母が「この子達は得だな〜。」としみじみ言いました。
もちろん私は、「またケンカして、困った子達!」と思っていたところだったので、思わず「何が?」と聞き返しました。

そういう母だって、自分が私達を育てている最中はかなりカリカリしていて、怖かったです。(母の日のお母さんの似顔絵に私は角をつけた程ですから。)
一度子育てが終わってしまうとそういう余裕みたいなものが出て来るのでしょうか。

歌の話から大分それてしまいました。
何が言いたかったか。
何が良くて何が悪いかなんて分からないってことです。
卒園の言葉
しゅんの卒園式はもう1週間後に迫ってきました。
幼稚園では卒園式の練習(歌や卒園の言葉、卒園証書の受け取り方など)をしているそうです。

卒園の言葉。

子供が卒園の言葉の練習をしていると、なんとなく記憶がよみがえってきます。

お別れなんていうことは竹馬(ちくば)で覚えた言葉なの。
ただいま覚えた言葉なの。
ほんとにほんとにお別れね。

私の幼稚園の卒園式の時のお別れの言葉です。
全文は思い出せませんが。

確かに多くの子供達にとって、幼稚園卒園は初めてお別れを意識する機会かも知れません。
卒園と同時に引越しをする予定になっているお友達も何人かいるようです。
せっかく仲良くなったお友達ママたちとのお別れを考えると、本当に淋しくなってしまいます。
もう少しでお別れをしなくてはならない友達の事を考えながら過ごす夜です。
ごはん食べるの遅いんです。
私が幼稚園生だった時の連絡ノート。
高校生、大学生くらいのときに、これを発見して読んでみた。
母と先生のやり取り。

naoちゃんは、いつもご飯を食べるのがゆっくりです。
お友達がみんな食べ終わっても、まだまだ食べています。

家でも食べるのが遅くて困っています。
もう少し早く食べられると良いのですが。

確かこんな事が書かれていた。
(他にも色々、かなりの困ったちゃんでしたから)

自分でも、そんな記憶がありますので、先生が書いたことも母が書いた事も、どっちも合っている!だって、食べられないし、お喋りしてて気がついたらみんな食べ終わっちゃってるんだもん!

もう10年以上前、いやいや、もっと15年程前、今のオットにこの話をした。

「幼稚園の頃からね、ご飯を食べるのが遅くて、先生に叱られたりお母さんに叱られたんだよ。小学校でもいつも遅くてね、掃除の時間まで食べてたの。」

すると、

「ご飯くらいゆっくり食べたらいいじゃん。」

!!なんて新しい意見!こんな事いえる人そうそういないよ!
と感動したのでした。
(今思えば、付き合い始めのカノジョだもん、それくらいの事はいうよね。)

そして現在、我が家の長男。
幼稚園でお昼ごはんを食べるのが遅いという先生からの注意は受けた事が無いけれど、次男と比べるとどういうわけか遅い!
ごはんだけでなく、出かける支度、着替え、お風呂など、全て遅い!

遊ぶ時間をゆっくりとるために、やらなくちゃならないことはさっさと片付けてしまえばよいのに、と私は思うのだがどうも、そうは行かない。

何かをやっているときに他の事に気をとられたり、おしゃべりが始まったり。

あるとき、幼稚園の先生に聞いてみた。

「あの〜、しゅん、いつも遅いですよね〜?」

すると先生はにこっと笑って

「あ〜、なんだかいっぱいお話したい事があるみたいで〜」

あはは〜、やっぱり遅いんだ〜。
理解のある先生でよかったね〜。

それくらい、ゆっくりやったらいいよ〜。って思う心と
もう直ぐ小学生なんだから〜、さっさとしないとみんなに置いてかれちゃうぞ〜。って心配する心と、どっちもやっぱり親心。

そういえば書いてあったな〜。

naoちゃんはおしゃべりが止まりません。

あのノートは、まだ何処かにあるのかな〜?
小さな小さな思い出
小学校二年生のときだった。

だいたい私はやんちゃな子で、いつも悪ふざけをしては先生に怒られていた。
いたずらをする事、いたずら仲間と先生に怒られることは非常に楽しい遊びの一つだった。

担任だった先生は体育の先生で、とても怖くて、よく子供達を怒っていた。

そんな先生が、教室の黒板の所に箱を置いて、ポストを作った。
先生に言いたい事を何でも書いて入れていいと言う。

仲良しだった男の子と、二人で考えてお手紙を書いた。
きちっとした、上手な字を書く男の子だった。
このお手紙も、力強い、上手な字で書いてくれた。

のがちゃんとめぐちゃんはなかよしだから
おこられるときはいつもいっしょだよ。


うまい事書いたなあと、満足だった。
今思えば先生もこの手紙を読んで、大笑いしたにちがいない。

何日かして、先生から返事が来た。

ほめられるときもいっしょにしよう。

面白い返事が来たと、二人で一緒に笑ったような気がする。
そのお手紙は、私がもらい、家にもって帰った。

母はその手紙を見て、私にもこんな上手な字を書くようにって言った。
母親とはそういうものなんでしょう。
あいにく私の字は今でもあまり上手ではありません。

とっくにその手紙はなくなってしまったけど、
そのお手紙の思い出は、なぜかはっきりと覚えていて、
ちゃんとたたんで心の中にしまってある。

その、めぐちゃんも、4年生のときだったか、引越ししてしまって、
もうずっと会えないんだなって気がついたのは、ずっと後だった。

しゅんが一生懸命に字を書いているのを見ていると、
その男の子の事が思い出され、
でも、こんな小さな思い出、覚えているのはきっと私だけね。
と、一人懐かしく思うのです。
マン島
昨晩、何気なくテレビでハンドボールの試合を見ていた。
試合が終わると保存鉄道の旅という番組が始まった。

わあ、マン島。

ここは何だか不思議な国。
イギリスなんだけど、イギリスじゃない。

馬車鉄道
馬車鉄道

電気鉄道
マンクス電気鉄道

登山鉄道
スネーフェル登山鉄道

蒸気機関車
蒸気機関車

マン島グッズ
お土産屋さんで
三本の足(three legs)はマン島のマーク。何にでもこれがついている。

いつかまたいけるといいな。
大荷物到着
ケンブリッジから8月9日に送ったダンボール10箱の荷物が届いた。

子供達は荷物が到着するのを待ち焦がれていて、
「お母さん〜、お荷物今どこ〜?明日は届く〜?」
と毎日毎日聞いていたが、それも昨日でもうおしまい。

長い長い船旅だったので、その間にフヤフヤにふやけてカビが生えていたらどうしよう〜?
途中、一個だけ行方不明になんてなっていたらどうしよう?
なんて心配もしていた。

ちゃんと、10箱揃って到着したのを確認して、とりあえずほっと一安心。
日本からSAL便で荷物を送ったときは箱はボロッちくなっていたけど、今度こちらに届いた箱はみんなちゃんと綺麗な箱のまま。
航空便の方が手荒いという噂は本当かも知れない。

とにかく箱を開けてみる。
まずは子供達が待ちきれない「おもちゃ」と書かれた箱。2つ。
「おお〜!」と二人が歓声を上げる。
私には用無しなので、子供部屋へ持って上がり、「自分たちで片付けてね〜。」と言い渡して退散。

二人でああやこうやいいながら、ちゃんと収まるところに収めました。
大好きなレゴも到着したので今日は随分早起きして、着替えや朝の準備もさっさと整え、私達が起きる前から夢中に組み立てていた。
なかなかやるじゃん!
こういう日は親としても気分が良い。

次はカビが心配だった本類。
どれも無事のようで。
良かったよかった。
子供の英語の絵本はしまう場所をあらかじめ作っておいたので、あっという間に収まったのですが、問題は私とパパの本。
どこいれよう〜。行き場がない…。
とりあえずダンボールの中でしばらく寝かせることになりそう。

衣類はとりあえず一回洗濯してからしまおうと、洗濯機をガラガラ回す。

すっかり片付くまで、もう一頑張り!!

それにしても、ケンブリッジ生活が一つ一つが片付いて、ほっとするような、でも本当にもうこれで終わっちゃったんだな〜って寂しい気持ちもある。

思い出は思い出。
しっかり前に進まなくちゃ。
MINI
ケンブリッジの写真を見返している。
こんな可愛らしいMINIの写真が出てきたので、一枚up。
MINI
アマレット
ジャスコに買い物に行って、お酒コーナーを探して見覚えのあるアマレットの角瓶を見つけてほっとする。

テスコでは500ml瓶だったと思うんだけど、700mlのちょっと大きい瓶だった。
お値段も2000円までで買えて、結構安かった。

早速買って来てチビチビ飲んでいる。

それからずっと飲みたかった蝶屋の梅酒も買ってきた。

イギリスにいる間は日本が恋しく、帰ってくるとイギリスが恋しくなる。
(ってアマレットはイギリスのお酒ではなくてイタリアのお酒。たまたまイギリスで覚えたから私はこれでイギリスをっていうか、友人を思い出す)

パパはビールが恋しいらしい。
とにかくアボットエールを飲みたいらしい。

確かにそう。敬愛するマダムの言葉を借りれば、

イギリスとは鳥かごのようなもの。

イギリスでなくてもそうなのかも知れない。
自分のいられない場所に、憧れる。
ないものねだりっていう風にも言うんだよね。
だけど、それで心が躍るのだから、それも悪くない。
徐々に
京都に戻ってきて約10日が経ちました。

最初に何日かは夜寝るたびにケンブリッジにいる夢を見ていました。
普通に友達と遊ぶ約束をしたり、もう直ぐお別れだねなんて言っていたり。
目が覚めて、一瞬ここがどこかわからなくなって、ちょっと考えて、あ、そうだ、京都だ。なんて思っていました。

子供達も全く同じ状況だったようで、夢の中では昨日の続きで、ウルトラマンごっこをしていたり、(ケンブリッジで仲の良かった日本人のお友達としていました)追いかけっこをしていたみたい。
そして、やっぱり
「朝起きると、ああ、京都だったと思ってがっかりするんだ。」
としゅんは言っていました。

京都に帰って来て何日かはお盆中だったこともあり、友達に会うこともなかったので、特にこの傾向が強かったように思います。

お盆があけて、お友達が帰って来て、色々なお友達に会って、遊ぶ分、寂しい気持ちは薄れ、京都での生活に気持ちも馴染んで来ました。

まだ子供達は家の中で、スーパーで、英語を使って話すことが多く、そして、英語で話している時の彼らはとても楽しそうで、それはつまり、ケンブリッジ生活がそれほど楽しかったのだと思わせます。
思い出が薄れていくにつれ、それも徐々になくなってくるのかも知れません。
親としては、出来れば英語はキープさせてあげたい所ですが。

そのためには、自分の英語ですね。